帰っちゃうの? ヒノエくんルート・3月−如月 2
「やれやれ。まったくよぉ、お前ぇは何でいっつも突然なんでぇ?」
「悪いね」
「何んてぇ格好だぁ」
「へへへ、水も滴る良い男、ってね」
「そこら、やたらと滴ぅたらして濡らすんじゃねェぞ」
「はいはい、分かったよ」
雨が小降りになった巳の刻過ぎに、突然帰宅した『熊野別当』への対応に慌ただしくなった屋敷内で、
1人おっとりと出迎えたのは、藤原湛快その人であった。
「鴉にでも言づけりゃぁよ、こっちだってもうちっと準備しといてやれるってぇのに。
今日はいってぇ何事なんだぁ?」
「悪いね、鴉は鴉で忙しいからね」
下働きの少女が差し出した布を、「ありがとう」とウインクしながらヒノエは受け取る。
少女が顔を真っ赤にして下がっていくのを、父・湛快は呆れ顔で見送りながら
「お前も……、はぁ…そんなんだから……」
「え? 『お前も』? 『そんなんだから』? 何だい?」
と、雨の滴った髪を拭きながらヒノエは聞き返した。
「いや……、こっちのことだ。聞き流せや。
歳ぃ取って、隠居してるとよ、久しぶりに会った倅に愚痴の一つもこぼしたくなるのさ」
「へぇ、そういう事ならいつでも現役復帰していいんだぜ。その方がオレも助かるんだけどね」
「ほぉ、何がどう『助かるん』だ?」
「隠居した身には分からない、野暮用が多くてね」
「『野暮用』……ね」
「ところでさ、表門のところ、なんか、妙に人が列をなしてなかったかぃ?」
「へ? え? 今日もか……あ、いやいや、へ、へぇ〜、そ、そうかぁ?」
「ここに来た時から気になってさ、何人かに聞いたんだけどね」
「だ、誰に聞いたんだ? ってか、何だって言った?」
「みんな、笑って答えないんでね。だから余計気になるじゃん」
「ったく、気の利かない連中だな。何か適当に理由をでっちあげりゃ……」
「え? 何だって?」
「え、いやいや、こっちの話……」
「ははぁ〜ん、分かった」
「ギク! な、何が、いったい分かったんだ?」
「やれやれ、隠し事の出来ない顔じゃん」
「そ、そうかぁ〜、アハハ。お、俺は断っ」
「で、本宮かい? 速玉かい?」
「ったんだけど……って? へ? 『本宮』? 『速玉』? 何だ、そりゃぁ?」
「またまた、とぼけちゃって。そうだな、『本宮』だね。ズボシだろう。
どうせまた、あんた好みの巫女でも採用しようっていうんだろう。
まぁ、可愛い娘は嫌いじゃないけどさ、神に仕える巫女をあんたの好みで揃えるってどうだろうね」
「若ぇ別嬪さんの方が、神サンだって喜ぶに決って……そうじゃ無ぇよ!」
その時、副頭領がやってきた。
「湛快様、よろしいですか? あ、ヒノ…いえ、頭領も御一緒でしたか。
失礼いたしやした。出直して参…」
「いいから。何だい?」
「……へい。えっと……、あの、」
そう副頭領は言い淀むと、ヒノエの顔を一瞥した。
「オレが居ると話しづらいようなら」
そうヒノエが席を立とうとするのを
「あ、いや。決してそのような……。え〜、湛快様、お、表の人達にはお引き取り願いました」
「あれ? あんたが募集してたんじゃ無いのかい?」
「へ?」
事態の飲み込めていない副頭領は、頓狂な顔で目の前の2人を見比べた。
「い、いやいや。こっちの、な、こっちの話でぇ。
で、あ、あぁあぁ。お引き取り願っちゃえたのかい。そ、そうかぃ」
「へい」
「そいつぁ上々吉。ご苦労さんだったな。
で? くれぐれも失礼のないように、丁重にお引き取り願ったんだろうな」
「へい、それは勿論でさぁ」
場の雰囲気を察したのか、副頭領はそそくさと退席した。
「なんだか、怪しいねぇ」
ヒノエがそう言う間も無く、湛快が手を打って合図を送ると、間髪入れずに酒盛りの膳が運ばれてきた。
「昼間っから酒かい? オレは急ぎの用事を片付けなきゃぁならないって言っt」
「まあまあ、頭領ってなぁドーンと落ち着いて、少しくれぇ鷹揚に構えていなくちゃぁ」
そう言いながら、湛快はヒノエの杯に酒を注いだ。
「いくら、お前ぇ1人が急いだところで、世間はそんなに急いちゃぁくれねぇよ。
大将が先陣切るのは『おーけい』だ。勇気も要るし、配下の士気も上がる。
だがな、先を急ぎ過ぎると、他の奴らぁ息がきれるし、
その速さについて来られねぇ奴も出てくる」
酒を注ぎ返そうと手にした徳利を止めて、ヒノエが言いかける。
「そんな奴は熊n」
「まぁ、聞けって、ヒノエ。
お前ぇは、頭領になってからこっち、本当に良くやってるぜ」
「はぁ?? 酒を飲む前から、もう酔ってるのかい?
あんたから真顔でそんなこと言われると、なんだか尻の辺りがモゾモゾして来るんですけど」
「木曾殿の上洛以来、お前ぇは奔りっぱなしだ。
先頭のお前がそんな調子で突っ走ってる後を、よく他の連中も良く付いていってるじゃぁねぇか。
そいつも、俺ぁ、感心してんだぜ」
「熊野の鴉は」
そんなヒノエを手で制して、湛快は続ける。
「小さぇ頃から寝食を共にして、鍛え上げた仲間だって言いてぇんだろう。
そんな事ぁ百も承知よ。その上で、だ。
源平の戦禍を熊野は被らなかった。
それだけじゃ無ぇ。その戦禍そのものを、お前が仲間と治めちまったんだ。」
「まだ安心なんて出来たものじゃ無いんじゃん?」
「そいつだよ」
「?」
「まだまだ戦は終わって無ぇって、お前がいくら力んだところで、
和議の成った今、世間は安堵感から、もうホッとしちまってるんだ。
ホッとしちまったものはどうしようも無ぇ。終戦気分にドップリ浸っちまってるんだからよ。
だから、ここらで、お前もお前の思ってる人を熊野に連れてきちゃぁどうだ?」
「……え? ……はぁ? 今、何て言った?
って言うか、どの脈絡で最後のセンテンスが出てくるんだい?」
「『せんてんす』? なんだ、そりゃ?
いいかい、『お前ぇの思ってる相手を熊野に連れてこい』
そう言ったんだ。そろそろ、お前ぇもここらで落ち着けってことよ」
「あのさ、何か勘違いしてるんじゃない? オレと望美はそんなk」
「『のぞみ』ぃ? 『のぞみ』ってなぁ誰……、あ、ああ、あの龍神の神子のお嬢ちゃんのことか」
「『お嬢ちゃんのことか』って……え? だって、親父が望美に言ってたんじゃん、『俺の嫁に』って」
「へ? いつ?」
「覚えてないのかい? やれやれ」
「言ったかぁ、そんなこと? ま、言ったにしたって、いつものことじゃねぇか。
可愛い娘さんに会った時の挨拶だろう。真に受けンなよ」
「……? え? じゃぁ、誰のことを言ってるんだい?」
「ほら、な、これだ。ったくよぉ。
ま、お前ぇがそんな風にすらっとぼけるんなら、俺ぁ別に構わねぇけどよ。」
「構わないなら、いいじゃん。放っておいてくれ」
「俺もそう思ってたんだ」
「だったら」
「思ってたんだけどもよぉ。世間様がよぉ」
「世間様? 世間がどうしたんだい?」
「……言っちまおうかなぁ」
「何を? 言いたいのなら、さっさと言いなよ」
「ヘヘへ、お前がさっき気にしてた表門の列、な」
「ああ」
「いや、やっぱり止めとこぉ」
バグ!
「あ、危ねぇじゃねぇか! 酒の入った船徳利なんざぁ投げんじゃ無ぇよ!
当たり所が悪けりゃぁ死んじまうじゃねぇか!」
「しっかりキャッチしてるじゃん」
「お前ぇの躾はもうちっときっちりしとくべきだったk ! な、投げるなよ!」
もう1本の船徳利を振り上げたヒノエに、湛快は叫んだ。
「わ、分かったよ、言うよ」
「……」
「いいか。お前ぇの次の『熊野の頭領』なんざぁ、誰がやったって構わねぇんだからな」
「? 何のことだい?」
「姉ちゃんどっちかの子供を継がせたって良いし、
何だったら、お前ぇが養子を貰っても」
「話が全然見えないんですけど?」
「あの、門の行列はよ、お前ぇの見合い話を持ってきてんだよ。
中には直接、見合い相手本人が出向いて来て、『是非私を娶って』とくるから恐れ入るぜ。
なんたってお前ぇは『時の人』だからよ」
「はぁ?」
「源平和議の仲介人として此の戦を収めた英雄で、龍神の神子の八葉とやらで、
院からの覚えもめでてぇ熊野の頭領にして、熊野三山の神職で、
平家・源氏と共にこの日ノ本の国を三分割する『奥州・熊野連合』の中心で、
結婚するにゃあ早くも遅くも無ぇ適齢期ってやつで、
それ以上にだ、俺に似た美男子ときてるんだ。
こんなに見合いさせる相手として美味しい奴ぁ、そうそういねぇぜ」
「え!? オレが、見合い!!!」
12/08/14 UP